世界に例のないUFO逆アブダクション事件 2002.11.05初up
最新up2007.8.25.
高知・介良UFO捕獲事件
その事件は日本のどこにでもある田舎の住宅街のかたわらで、どこにでもいる少年達が経験した、
(地球時間西暦2002年11月現在)地球上、おそらくどこにも存在しない、誰も経験したことがない
極めて”まれ”いや、他に例のない”UFOコンタクト事件”である。
ロケーション(背景)

 1972年8月25日、日本南部、太平洋側に位置する高知県高知市の東部近郊に”介良”という日本語離れした字(あざ)名の、当時できて間もない新興住宅地に住む、中学2年生だった、いわゆる仲良しグループ、主に3名は、いつもの様に遊ぼうと、放課後、住宅街に隣接する稲刈りの終わったのどかな田園の中に駆け込んだ。あたりはもう、薄すらと夜の帳(とばり)が降(お)りかかっていた。そこで少年達はいつもと違う光景を目にすることになる。それがこのUFOコンタクト事件の皮切りだった。

プロローグ(出会い)
 少年達の目に飛び込んできたのは、夕闇の田んぼの中程に"ゆらゆら"と浮かぶ、白灯色の様な、ほのかな灯りだった。20〜30m程からの距離からそれを見、 "火の玉(人魂)か!?"と一瞬ひるんだ彼等だが、よく眼をこらしてその光の正体を観察するうち、その疑念は解けていった。
  その光は地上1m程のところで、静止し、大きさはハンドボールのボール大、そして赤道状に色とりどりの光が帯状に取り巻いて明滅しながら、その光のみが回転していたのか物体全体が回転していたのかさだかではないが、とにかく回転しているように見えた。人魂でない事が分かった彼等だが恐怖心はとても拭えるものではなかった。観察をできたのは一瞬のことで恐怖心に勝てなかった彼等は一目散に逃げ帰り、その日は終わった。

大胆にもUFOに攻撃…
  次の日、当然、昨日の事を忘れることができない彼等は、恐いモノ見たさに、同時刻、田んぼに恐る恐る向かった。…いた!…それはやはり、その日も"存在"していた。何やら地面に降り立ったりしているのもうかがえる。その日も少年達は近寄る気にはなれなかった。

  更に翌日、少し早めに田んぼに向かった彼等は"地面"に"着陸!"している"ソレ"を見つけた!勇気を出して更に近づいた。彼等は見た!  いぶし銀色をした、縁のついた深めの灰皿を伏せた様な形状をした"ソレ"を…! …しばらく、唖然と見つめた。
  勇気を出した彼等のうちの一人が、傍らにあったブロックの固まりをソイツめがけて力任せに投げつけ、振り返らず、また一目散に逃げ帰った!

 更に翌日、ブロック攻撃をかました現場に彼等は戻った。"ソイツ"はあった!。ブロックをぶつけた時の状態のまま"ソレ"はそこに”いた”!

 一人の勇気ある者が手を伸ばし持ってみることにした。持ち上がった。揺さぶってみた。「ガラガラ…」と音がした。勇気が続いたのはそこまでだった。エライ"モノ"を壊してしまった後ろめたさや、また、蘇った恐怖で居ても立っても
いられなくなった彼らは "ソレ"をその場にうっちゃって、また一目散に逃げ帰った。

いよいよUFO捕獲へ…
 翌日、また、彼等は犯行?現場に戻った。"ソレ"と遭遇して3日目ともなると、なんとなく"ソレ"に慣れてきた彼等は、もっと大胆に"ソレ"を揺さぶってみた。「ガラガラ」の音が心なしか少な目になっている様であった。そして、"ソレ"の外観を見る余裕も出てきたのか、中身が(たぶん)壊れる程、ブロックをぶつけたのに、かすり傷ひとつ付いていないことを怪訝に思った。
 また、翌日、まだその現場にそのままに動かない"ソレ"を確認した彼等は、とうとう今までの最大の勇気を振り絞って、それを家に持ち帰る事を決心した。

 その不可思議な物体は5cm幅のつばを持つ帽子型であった。"ソレ"を見せられた彼等のうちの一人の父親は"ソレ"は「灰皿の鋳型だろう」と言って、彼の息子とその友達たちの言う"中空に漂って光っていた"などという話に耳を貸さず、興味も示さなかった。しかし、近隣のいく人かの大人達は少年と同じ様に、田んぼの中空で漂う"ソレ"を遠望していたと証言した。彼等のうち二人は特に念入りに その奇異な物体をつぶさに観察し、いくつかの"実験"をした。
"一度でなく、数度に分けて"!。…なぜなら、"ソレは"彼等によって、最初、厳重に家のタンスの中に格納されたにもかかわらず、忽然と姿を消し、また、"田んぼに逃げ帰っていた"からだ。そしてまた家に持ち帰る…という事を数度繰り返した。
 UFOが”囚われ”?た少年の家は、タンスはおろか、窓や壁などにはなんの風穴も空いていなかった。

 田んぼを安息の「家」としたかのような"ソレ"は、すっかり馴染みになった少年達に、やすやす捕まるまでに親密?な関係になっていた。地球人がUFOと思われる物体を幾度もその手にするという全く奇っ怪な事件は、その事実とは裏腹に全くの日常のように繰り返された。そんなわけだから”ソレ”は少年達の複数の目によってつぶさに観察された。

じっくり観察されたソレ
 "ソレ"の外観はというと、直径15cmほど、高さも同じくらい。表面は鈍い光沢の銀色であったがツルツルしていた。
てっぺん部はちょん切った様に平らであったが真っ平らではなく、微妙に凹凸があった。

なにより最大の特徴が、その裏側(底面?)にあった。帽子のフチに当たる部分の裏側には、アナログレコード盤の溝状の
細かい溝が幾重にか刻まれていた。そして底面中央には1辺5cmほどの正方形の中に直径5mmほどの穴がボツボツと空いて
おり素通しのようであった。その周りには、一つは鳥様の、一つは石器時代のカナヅチ様の古代の壁画を思わせるような
意味不明の図柄があった。また、日本の古典的図柄名称のうち『静海波』と呼ばれる魚の鱗状の規則正しい文様が、その
余白の半分を占める割合であったことが彼等少年の記憶に強く残っていた。
                 【※これらは右図を参照されたい。】
UFOを虐待?
いよいよ、実験の話である。厚さが1cmにも満たない薄いツバの部分をカナヅチで思い切り力任せに叩いてみた。まったく、
欠けることも曲がることも、キズがつく気配すらもなかった。

次に少年達が眼をつけたのが、いくつかの細かく穴の空いた底面中心部分であった。そこに水を流し込んでみる事を彼等は
思いついた。案の上、水は内部に落ち込んでいった。いくばくかの水を入れ始めのだが、その物体の外観上の容積をとうに
越して水を注いでいるはずなのに、いっこうに水は、溢れてこぼれることがなかった。

UFOの反撃?その奇怪な反応
 その事を不思議に思っている最中、ジー〜〜…っと、虫の鳴くような音がし始め、突然、ツバの内円周部分の蓋がパカッと
開いた。角度にして15度ほど。慌てた彼等は無理矢理、手で、その蓋様のものを閉めることを試みたが、満身の力を込めて
もまったく、蓋は開いた角度を保ったまま、動く気配がない。押してもダメなら、引いてもダメであった。あきらめて、よくよく中をのぞき込んでみると、ラジオ(電子機器)の部品のようなものがビッシリ詰まっているのが見えた。

 しばらくそのまま様子を見ていると、また、おもむろに蓋はパカッと閉じた。今度はマイナスのドライバーでこじ開けよう
としたがやはり、ビクともしなかった。…以上が編者が聞き取った実験の概略である。

…突然の別れ。
 そして、その後も、"ソレ"の逃亡を警戒してデイパックに厳重に梱包してタンスに保管したが、やはり、”四次元航法?”の脱走は繰り返された。そして、幾度目かのUFO逆アブダクション事件は、劇的な終わりを迎えることになった。

 最後まで"ソレ"の"面倒見"がよかった二人がある日思い立ち、一人の少年が"ソレ"を 逃亡を謀ることを防ぐべく、デイパックにくるみ、更にヒモで片方の腕ににグルグル巻きにして縛り、自転車の荷台にまたがり、一人が前でペダルをこいで、別の少年の家に護送している最中に起こった。"ソレ"は彼等の手元からじかに逃亡をはかったのだ。"ソレ"は一瞬、少年の腕ごと あらぬ方向に動き、その衝撃で少年達は自転車ごともんどり打って地面に倒れた。彼等は、デイパックの中がすでにカラであることに気が付くのに時間は要しなかった。幸い、彼の腕は"ソレ"に持ち去られることなく、また、自転車ごと『E.T.』のごとく宙に舞うことにならずに済んだのだ。

 その一週間ほどあとに、事件のあった住宅付近で、比較的高い中空を漂う"ソレ"を彼等が目撃したのを最後に"ソレ"は二度と彼等の前に姿を現さなくなった。そして、この"世にも奇怪"なUFOコンタクトは同類例を聞くことなく今日に至っている、…はずである。

 当事者の少年達は、この事件がマスコミ等に取り沙汰され、数度の全国テレビ番組に出演したこと以外は、30年が経過した現在、すっかり成人してごく普通の一市民として生活を送り続けているし、事件の起こった地域が特に変わったことがあるわけでもない。ただ、町の現代文明的発展が進み、田園が少なくなっていくのみである。

後日談@
最後に、このリポートを著述した、編者・私とこの事件の関わりについて多少述べてリポートを終わりたい。この事件を取材した私は、当時、16才。彼ら少年とはさほど年齢は離れてはいなかった。そして、事件が起きて1年は立っていなかった。

 当時、日本はTVマスコミがこぞってUFO事件を取り上げ、にわかにUFOブームの盛り上がりを見せる最中。私は入会したばかりの関西を拠点としたあるUFO研究組織から突然、この事件の取材協力を依頼され、派遣されたある調査員の現地案内人を引き受ける事になった。
 そして取ったばかりのバイク免許で、友人から借りたバイク(ホンダダックス70)で派遣調査員を後部に乗せて、少年達の住宅地に向かい、直接、少年達と面談し、取材を敢行した。そして、派遣調査員が関西に帰った後も、私だけは数度、追加取材を続行。上記の様な経緯を記録、集積した次第だ。この事件が一時のUFOブームが去って世間の記憶から薄れていく頃、私はあることを見逃していた事を思い出した。ある確信と共に、愕然とした。
 それは、関西からの調査員を乗せて、少年達の住宅街に近づいた頃(夜間7時頃、日はとっぷり暮れていた)の事だった。不思議な事にふと南の空を二人が同時に向いたときに、ある落下物を"見た"のである。ソレは白灯色に光った小さな光体だった。仰角15°程から2km程遠方の低い丘の裏に急速にヒュルヒュルと落下する光体。その光跡は小刻みに規則正しく蛇行していたのをハッキリ覚えている。その時は、『なんじゃアレ』と、二人ともさほど問題視しなかった事が、今思い出しても悔まれてならない。
…そう、ソレこそ私と同行の調査員二人が直後に聞くことになる"ソレ"そのものだったのだ!といいうことを…。





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2002.11.05up

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<現場地図>

















































<繰り返し捕獲された小型UFO>


以下2004.8.15.up

 UFOリポートでは著名の元日テレD.矢追純一氏の
名を冠したUFOリポートマンガ本が2004年5月付け
で刊行されたがその中にこの介良事件が取り上げ
られている。が驚いた事に、その内容が私の独自
に取材したこのサイトからそのまま引用されている
状況が見られる。私に無断にである。
 特に上にある通り、私の書いたUFOのスケッチの
特徴にその事実(私のサイトの内容が丸写しである)
が顕著である。
 確かに私のサイトにはコピーライトをどこにも主張し
ているものではないが、著作物を扱う出版社にしては
あるまじき行為であり、私は不快感を覚える事をここに
表明する。(該当本の発刊直後からこの事実を私は把握
していたが今までこの事を公表する事を躊躇していた。)

 ちなみに本サイトの初アップはこのページトップにある通り
2002年11月5日である。

2004.8.15.モルダー龍馬


これが私の素材が無断盗用されているマンガ本(クリックすると拡大が見れます。)